承認欲求:Esteem 
マズローは、人間の基本的欲求を低次から 生理的欲求(physiological need) 安全の欲求(safety need) 所属と愛の欲求(social need/love and belonging) 承認の欲求(esteem) 自己実現の欲求(self actualization) の5段階に分類した。このことから「階層説」とも呼ばれる。また、「生理的欲求」から「承認の欲求」までの4階層に動機付けられた欲求を「欠乏欲求」(deficiency needs)とする。生理的欲求を除き、これらの欲求が満たされないとき、人は不安や緊張を感じる。「自己実現の欲求」に動機付けられた欲求を「成長欲求」としている。
中でも承認欲求とは、自分が集団から価値ある存在と認められ、尊重されることを求める欲求である。 尊重のレベルには二つある。低いレベルの尊重欲求は、他者からの尊敬、地位への渇望、名声、利権、注目などを得ることによって満たすことができる。マズローは、この低い尊重のレベルにとどまり続けることは危険だとしている。高いレベルの尊重欲求は、自己尊重感、技術や能力の習得、自己信頼感、自立性などを得ることで満たされ、他人からの評価よりも、自分自身の評価が重視される。 この欲求が妨害されると、劣等感や無力感などの感情が生じる。                                                      (via Wikipedia)



人はだれでも自分のことを知ってほしいと思ってる。けど、ある程度以上は知ってほしくないっていう境界線があって、そこの引き際が難しい。


Twitterでよく感じるんだけど、「○○なう。」とかFoursquareで自分がどこにいるかをつぶやくなんて個人的にはどーでもいいと思う。
あとは、自分がしたミスとか。「○○しちゃった!笑」

でも、こういうのっていつまでたっても絶対になくならないと思う。というのは、やっぱり自分を知ってほしいっていうのが根底にあるからなんじゃないかと思うんです。

こうこうこういうことをして、わたしはこういうことを経験しました。
それを自分だけの中で留めておくのはいやだ。誰かに知ってほしい。承認してほしい。そんな思いがあるのかななんて思います。

もちろん、ブログの更新通知とかしてる自分も大概ですけど。

そういうのを感じるようになったのも、ソーシャルメディアが身近な存在になってきたからっていうのがあるように思います。不特定多数の人に自分のことを伝えられる。で、ときどきリプライが返ってくる。それがまた原動力になって…の繰り返し。

これって自慢することのインセンティブにも似てて。自分の功績を見てもらいたい、認めてもらいたい。だから、プロフィールで書くし宣伝もする。


そうやって、自分を知ってほしいっていう一面もあるけど、どこかこれ以上は人に知られたくないって部分もあると思うんです。
たとえば個人的な悩み。だれかに相談したいけど、なかなかそういうのを話す相談相手がいなくて。そういったとき、ぼかしたような自分にしかわからないような、それかある特定の人にしかわからないようなメッセージを送る。心の内をわかってほしいけど、何かそれを行ってしまうのは憚られる…、そこまでは実は言いたくないんだよ、でも知ってほしいんだよ…。

ヤマアラシのジレンマみたいな。
ほんとに難しい。
自分自身よく思うことだから余計に。

正直、何でも相談できる人を見つけれたら大体 解決はできるけど、世の中うまくはいかないもの。誰かに認めてもらうんじゃなくって、自分で、自分を理解して自分を認めてあげる。最近読んでる本に出てくる、「孤独力」が必要になっているのかなと思います。

孤独力:様々なコミュニケーションから一歩、自分を引き離して、社会やグループ、他人、そして家族などに依存することなく、ひとりになることができる力。自分と向き合って、静かに自分の人生の目的や生きる意味を考え、「自分はこれでいいんだ」と確信を持てるようになる、そのようなことを可能にする力。

また追記で書き加えることがあるかもしれないですけど、今回はここまで。



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